成人式

 現存する最古の物語である『竹取物語』(平安時代前期成立)は、竹取の翁が光る竹の中から女の子を見つける場面から始まります。女の子は翁夫婦に養われて美しく成長しました。

 この児、養ふほどに、すくすくと大きになりまさる。三月ばかりになるほどに、よきほどなる人になりぬれば、髪上げなどとかくして髪上げさせ、裳(も)着す。帳の内よりも出ださず、いつき養ふ。この児の容貌(かたち)の清らなること世になく、屋の内は、暗き所なく、光満ちたり。・・・
 翁、竹を取ること、久しくなりぬ。勢ひ猛の者になりにけり。この子いと大きになりぬれば、名を、御室戸齋部(みむろどいむべ)の秋田を呼びてつけさす。秋田、なよ竹のかぐや姫とつけつ。

 ここから、当時の名付けは、成人式(女性の場合、髪上げ・裳着)と相前後して行われていたことがうかがえます。これ以前は、おそらく幼名が用いられていたのでしょう。
 しかし、幼名にせよ、成人名にせよ、命名が、いつ、どのような人物によって、どのような儀式のもとで行われたのか、想像・期待とは裏腹に、文献には殆ど記載されていません。『竹取物語』のこの記述は、むしろ珍しい部類に属します。
 現代の私たちは、戸籍制度がしみついてしまっているので、本名=戸籍名、と信じて疑わないところがあります。(最近では、以前と違って、社会生活上の通称として旧姓を使用する女性も増え、制度もそれを妨げない方向に変わりつつあるようですが。)
 穂積陳重『忌み名の研究』(講談社学術文庫)は、文化人類学的知見を踏まえ、古代日本の「実名敬避俗」(実名を敬い用いない習俗)を解き明かした書として名高いのですが、ここでいう「実名」とは何なのか、私は腑におちない気持ちでいます。この書の説く実名尊重の精神と、著者が明治民法の大家であった点に、何か関連があるのではないかと思ってしまうのは、うがち過ぎでしょうか・・・?