私と古典

 『源氏物語』が日本古典文学の最高峰だという評価・位置付けは,いつ頃,どんな人々によってなされたのでしょうか・・・


 私が古典を初めて読んだのは,中学生の時,『平家物語』でした。NHKの講座で,原文と現代語による大意と解説を聞きました。冒頭の「祇園精舎」の無常観,七五調の和漢混交文の流麗さなどに魅かれました。また,「今は見るべきほどのことをば見つ」などの平家一門の人々の最期の言葉の潔さにもシビレました。


 大学受験時は,文学部に行きたいとは思っていたものの,文学か歴史かも迷っていました。文学に進むとしても,日本・英米・独・仏など決めかねていましたし,歴史の場合は東洋史を専攻してシルクロードの遺跡の発掘に行きたいなどと思っていました。教養課程の2年間で,私は学者には向かないと思い,発掘をあきらめました。また,英仏独の語学の才能もなく,「あいうえお」で辞書がひける国文科に専門課程では進学しました。まさか,その後「いろは」順の辞書をひくはめになろうとは夢にも思わず・・・


 国文科の中でも平安文学を専攻したのは,指導教官に憧れて。周囲の友人や先輩達の影響もありました。卒業論文を『源氏物語』ではなく『栄花物語』で書いたのも,やはりそういった流れです。どうもあまり主体的に問題意識をもって取組んだようには思えませんね。。。


 それでも,大学3年か4年の夏休みには,現代語訳を頼りにしながら,『源氏物語』を一通り読みました。部分的にしか読んだことのなかった時には,あまりにも理想的な女性すぎて人間味を感じられずにいた紫の上でしたが,特に「若菜上」以降の第二部に入ると,紫の上の苦しみに息がつまりそうになり,「御法」でついに息を引き取ってしまった場面では,深いため息と涙が出ました。しばらくは虚脱感でぼーっとしていたことを覚えています。まるで紫の上とともに生涯を歩いてきたような気になっていたようです。
 
 
 キーン先生は,好きな女性は六条御息所とおっしゃっていました。我が尊敬する恩師は花散里と,先日新聞に載っていました。寂聴さんや俵万智さんは朧月夜とか。『更級日記』作者の孝標女は,夕顔と浮舟。私は,さあ,誰かな... 学生時代には,葵の上や六条といった,プライドが高くて素直になれない女性たちに肩入れしていました。今は,誰かな... もう一度読み直して,考えてみたいと思います。